Kyoto University Institute for the
Advanced Study of Human Biology

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2022.8.24

新型コロナウイルス感染者の隔離短縮は可能か?

隔離終了タイミング検証のシミュレータを開発
新型コロナウイルス感染者の隔離短縮は可能か?

岩見 真吾 京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)連携研究者(名古屋大学大学院理学研究科教授)は、米国インディアナ大学の江島 啓介 助教らとの共同研究で、抗原検査注1により新型コロナウイルス(COVID-19)感染者の隔離を終了するタイミングを検証するためのシミュレータ(シミュレーションのためのソフトウエア)を新たに開発しました。

これにより、決められた回数の抗原検査の陰性結果をもって、早期にCOVID-19感染者の隔離を終了できる、柔軟で安全な隔離戦略が提案できるようになります。

感染者隔離は感染拡大を防ぐ重要な手段です。長期にわたる隔離は二次感染のリスクを下げる一方で、隔離される人やそれを支える社会も様々な負担を被ります。

研究グループは、開発したシミュレータを用いて、“感染性のある患者の隔離を(早く)終了してしまうリスク注2”と“感染性を失った患者を不要に隔離してしまう期間(隔離に関わる負担注3)”の計算に成功しました。この結果、リスクと負担を同時に抑えるための個人差を考慮した適切な隔離戦略を、抗原検査を用いて実施する方法を提案できるようになりました。感染予防対策を徹底しつつ社会活動を再開・維持するウィズコロナの時代を迎えるにあたり、抗原検査をうまく利用することで教育活動や社会活動を安全に実施することができるようになります。

現在、臨床・疫学データや経験則に基づいた異なる隔離基準が国ごとに採用されている状況に対して、本研究は、数理モデルに基づいた、日本のみならず世界的に求められている柔軟な隔離ガイドラインの確立に貢献できると期待されます。

本研究成果は、2022年8月20日付国際学術雑誌「Nature Communications」に掲載されました。

ポイント

  • いまだ感染性のある新型コロナウイルス感染者の隔離を終了してしまう確率(不完全な隔離終了確率:リスク)が計算可能になった。
  • すでに感染性を失っている新型コロナウイルス感染者を不要に隔離してしまう期間(不要な隔離期間:負担)が計算可能になった。
  • 決められた回数の抗原検査の陰性結果をもって、隔離に関わるリスクと負担を同時に抑えるための適切な感染者の隔離戦略を科学的根拠に基づいて提案できるようになった。日本に限らず、諸外国の状況に応じた隔離戦略の評価も可能になった。

研究背景と内容

多くの国において新型コロナウイルス感染者は陽性確定後一定期間(5~10日)隔離されます。ところが人によっては隔離終了以前に感染性を失っている場合や、逆に隔離終了後も感染性を保持している場合もあります。

感染性の喪失を抗原検査で確認できれば、感染者一人一人に応じて隔離期間を設定し、感染リスクを抑えつつ早期の社会復帰を促すことができるかもしれません。ただし、抗原検査の偽陰性割合注4を考慮すると、複数回の陰性確認が必要と思われます。では、何度の陰性確認が必要でしょうか?また検査はどの程度の間隔で実施するべきでしょうか?

本研究では、コンピュータシミュレーションを通じ、様々な条件(検査間隔と陰性確認回数)で抗原検査を実施した場合に、隔離終了時点で感染性を保持している感染者の確率(リスク)と、感染性を失ってからも引き続き隔離される期間(負担)を計算しました。その結果、隔離終了の条件をうまく設計することでリスクを抑えつつ負担を軽減できることが明らかになりました。また、抗原検査の検出限界値が感染性限界値(感染者が感染性を持つ、と考えられているウイルス量)を上回る場合、何度も陰性確認を行う必要があること、逆に下回る場合は隔離期間を短縮できることが分かりました。

成果の意義

日本では、有症状者は「症状軽快後24時間経過した後、PCR検査または抗原定量検査で陰性が確認でき、更に24時間以上間隔をあけて2回目の陰性の確認」が隔離終了の条件として採用されています。また、検査を実施しない場合、あるいは、無症状者や重症者には異なる条件が適用されています。

例えば、従来株のデータを用いた場合、上記を含む2日間連続の抗原検査の陰性結果をもって隔離を終了する場合、開発したシミュレーションによると、感染性のある有症状患者の隔離を(早く)終了してしまうリスクは平均して2.6%程度となる一方、感染性を失った患者を不要に隔離してしまう期間(隔離に関わる負担)は平均して3.9日程度となることが計算できます。また、二次感染による感染拡大のリスクを抑えるために、隔離に関わるリスクを1%以下に止めたい場合は、シミュレーションによると4日間隔で抗原検査を実施し、2回連続での陰性結果をもって隔離を終了した場合が、隔離に関わる負担が平均して5.0日間となり、もっとも少なくなると計算されます。同じような検討は、オミクロン株のデータを用いても可能になります。

新型コロナウイルス感染症の流行が完全には収まらない中、感染予防対策を徹底しつつ社会活動を再開・維持する方法(ウィズコロナ)が議論されています。特にリスクと負担を同時に抑える適切な隔離ガイドラインが日本のみならず世界的に求められており、本シミュレータはそのような要望に応えるものです。

本研究はJST未来社会創造事業 探索加速型「共通基盤」領域における数理モデルの臨床データの定量的解析にもとづいたシミュレータ開発の成果を、社会に実装するために「感染者の隔離戦略」の評価・検証を可能にしたものです。また、様々な感染症に適用できる数理科学理論を開発する研究を進めているJSTムーンショット型研究開発事業にも支援されています。

用語説明

注1 抗原検査:ウイルスが持つ特有のタンパク質(抗原)を検出するものを抗原検査という。短時間で結果が出て、特別な検査機器を使わなくてもできる。

注2 リスク:いまだ感染性のある新型コロナウイルス感染者の隔離を終了してしまう確率(不完全な隔離終了確率)。

注3 負担:すでに感染性を失っている新型コロナウイルス感染者を不要に隔離してしまう期間(不要な隔離期間)。

注4 偽陰性割合:感染症の診断をするために検査を行うと、感染しているのに検査が陰性になる偽りの陰性の割合。

論文情報

雑誌名 Nature Communications
論文タイトル Designing isolation guidelines for COVID-19 patients with rapid antigen tests
著者
  • Yong Dam Jeong(Department of Mathematics, Pusan National University Ph.D student)
  • 江島 啓介(Department of Epidemiology and Biostatistics, Indiana University School of Public Health-Bloomington, Assistant Research Scientist 兼:東京財団政策研究所 主任研究員)
  • Kwang Su Kim(Department of Scientific computing, Pukyong National University Assistant Professor)
  • Woo Joohyeon(名古屋大学大学院理学研究科生命理学専攻 学部4年生)
  • 岩波 翔也(名古屋大学大学院理学研究科生命理学専攻 助教)
  • 藤田 泰久(名古屋大学大学院理学研究科生命理学専攻 博士後期課程)
  • Il Hyo Jung(Department of Mathematics, Pusan National University Professor)
  • 合原 一幸(東京大学 特別教授/東京大学国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究機構 副機構長・主任研究者)
  • 渋谷 健司(東京財団政策研究所 研究主幹)
  • 岩見 真吾(名古屋大学大学院理学研究科 教授 兼:京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)連携研究者、九州大学マス・フォア・インダストリ研究所 客員教授、理化学研究所数理創造プログラム 客員研究員)
  • Ana I. Bento(Department of Epidemiology and Biostatistics, Indiana University School of Public Health-Bloomington, Assistant Professor)
  • Marco Ajelli(Department of Epidemiology and Biostatistics, Indiana University School of Public Health-Bloomington, Associate Professor)
DOI 10.1038/s41467-022-32663-9
URL https://www.nature.com/articles/s41467-022-32663-9