2021.10.25
藤田みさお教授(CiRA上廣倫理研究部門、京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点)、澤井努特定助教(京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点、CiRA上廣倫理研究部門・受入教員)、八田太一講師(静岡社会健康医学大学大学院、元CiRA上廣倫理研究部門特定助教)、赤塚京子特定研究員(CiRA上廣倫理研究部門)らの研究グループは、ヒトiPS細胞を用いた配偶子作製やその利用について一般市民を対象に実施した調査結果に関する論文2報を発表しました。これらは、2021年10月23日に「Future Science OA」でオンライン公開されました。
近年、iPS細胞をはじめとする多能性幹細胞を用いて、体外で精子・卵子(以下、配偶子)を作製する研究が進展しています。現在のところ、ヒトでは配偶子作製にこそ至っていないものの、配偶子のもとになる始原生殖細胞や卵子のもとになる卵原細胞の作製には成功しており、今後も技術はさらに進展していくと予想されます。
iPS細胞から配偶子を作製できれば、たとえば不妊症や遺伝性疾患の患者さんの遺伝情報を含んだ精子や卵子を大量に作製し、それらを研究に用いることで、不妊症や遺伝性疾患のメカニズムの解明や治療法の開発につながる知見が得られる可能性があります。疾患の原因解明に限らず、ヒトの発生に関する生物学的知見を獲得することもできるでしょう。また、一人の人間の細胞に由来するiPS細胞から精子と卵子を作製することも理論的には可能です。したがって、現状の生殖補助医療技術では子供を授かることが難しい人たちも、遺伝的つながりのある子供を持てるようになるかもしれません。このように、体外での配偶子作製は研究と医療の双方に大きなベネフィットをもたらしうる技術として期待されています。
その一方で、体外での配偶子作製やその利用には倫理的課題が伴うことも指摘されてきました。たとえば、作製した配偶子を受精させれば、研究に必要なだけの受精卵を大量に入手することが可能ですが、研究のためとはいえ、人の受精卵を無数に作製・利用することに問題はないのでしょうか。また、その配偶子を生殖に利用するのであれば、誕生する子供や将来世代への安全面での問題はもとより、誰に対してどのような目的のもとこの技術の利用を認めるのかという点も問題となるでしょう。
現在、日本の指針では、体外で配偶子を作製することまでは容認されていますが、それらを用いて受精卵を作製することは認められていません。作製した配偶子を用いた受精卵の作製・利用を認めてよいのかどうか、将来的に生殖への利用が現実味を帯びてきた際に臨床応用を認めてよいのかどうか。この技術による影響が社会や次世代に広く及ぶことを踏まえれば、こうした問題は専門家間にとどまらず、社会の中で検討していくことが重要であると考えられます。
今回の論文は、体外での配偶子の作製や利用をめぐる将来的な議論を見据え、これまで十分に明らかにされてこなかった日本の一般市民の当該技術に対する態度を探ることを目的に、2017年5月に実施した意識調査の結果をまとめたものです。
本研究ではオンライン調査を通じて、3,096名の一般市民の方々から回答を収集しました。具体的には、(1)iPS細胞を用いた配偶子の作製や利用が一般の人々にどの程度受け入れられているのか、また(2)もし作製した配偶子を生殖利用できるとしたら、誰に対してどのような目的であればその利用を認められるのか等の質問を設定し、この技術に対する日本の一般市民の態度について調べました。
(1)に関しては、研究目的でヒトiPS細胞から配偶子を作製する段階(第1段階)、作製した配偶子を用いて研究利用する受精卵を作る段階(第2段階)、作製した配偶子で作った受精卵を用いて子供を産む段階(第3段階)の三段階に区切ったうえで、回答者に対してどの段階までなら受け入れられるかを尋ねました(図1)。
その結果、78.6%の回答者が第1段階までを、51.7%の回答者が第2段階までを、さらに25.9%の回答者が第3段階までを受け入れると回答しました。なお、21.4%の回答者は、どの段階であっても受け入れられないと答えました。体外で作られた配偶子を用いた受精卵の作製は現行の指針では容認されていませんが、この調査では回答者の約半数が容認すると答えました。他方で、約半数の回答者が受精卵の作製を容認していないことを踏まえると、この結果を以て直ちに規制緩和するのではなく、慎重な検討が求められます(図2 段階別許容度)。
(2)に関しては、作製した配偶子を生殖利用する可能性のある対象者をいくつか設定し(例:不妊治療を受けている夫婦、不妊治療の効果が期待できない夫婦、同性のカップル、独身の人など)、回答者に対して、それぞれの対象者による配偶子の利用をどの程度賛成できるかどうかを尋ねました。同様に、作製した配偶子を生殖利用する具体的な目的(疾患遺伝子の子への遺伝を回避する、子供をもうける、病気に強い子供をつくる、特定の容姿や能力を備えた子供をつくる)を設定し、回答者に対してどの程度賛成できるかどうかを尋ねました。
その結果、一般の人々にとって、不妊治療中の夫婦や、現状の不妊治療で効果が期待できない夫婦による配偶子の利用や、疾患遺伝子の遺伝回避や純粋に子供をもうける目的での配偶子の利用が受け入れられる一方で、同性カップルや独身者による利用、特定の容姿や能力を備えた子供をつくる目的での利用は受け入れられにくい傾向にあることが確認されました。言い換えれば、一般の人々にとって、従来の結婚制度を前提とした家族や生殖のあり方、また既存の医療で治療として考えられてきた目的に合致するかたちでの利用に関しては、そうでない利用よりも受け入れられやすいことが示唆されました(図3、図4)。
本調査結果は、iPS細胞を用いた配偶子作製とその利用について段階別の許容度を尋ねた(1)に関する成果をまとめた論文と、作製した配偶子の生殖利用について許容度を尋ねた(2)に関する成果をまとめた論文の計2本の論文として報告されました。いずれの成果も、今後、体外での配偶子作製・利用をめぐる規制について議論を進めるにあたり、一般の人々がこの技術に対してどのような考えを有しているかを示す基礎的な資料として、一つの視点を提起するものになると考えられます。
本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。