Kyoto University Institute for the
Advanced Study of Human Biology

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2021.7.27

新型コロナウイルス感染者隔離を終了するのはいつが良い?

数理モデルに基づいた隔離戦略の提案
新型コロナウイルス感染者隔離を終了するのはいつが良い?〜数理モデルに基づいた隔離戦略の提案〜

本研究の概要図(©LAIMAN-ARIGA)

概要

京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)の岩見真吾 連携研究者(名古屋大学教授、九州大学客員教授)、Jeong Yong Dam(チョン ヨン ダム) 名古屋大学研究員らの研究グループは、米国インディアナ大学の江島啓介 助教との共同研究で、新型コロナウイルス(COVID-19)感染者の隔離を終了するタイミングを検証するためのシミュレータ(シミュレーションのためのソフトウエア)を新たに開発しました。 これにより、限られた予算や人員、資源を考慮しつつ、柔軟で安全な隔離戦略が提案できるようになります。

感染者隔離は感染拡大を防ぐ重要な手段です。長期にわたる隔離は二次感染のリスクを下げる一方で、隔離される人やそれを支える社会も様々な負担を被ります。よって、COVID-19の感染症対策では、隔離に関わるリスクと負担のバランスを考慮した適切な隔離ガイドラインが求められています。 研究グループは、COVID-19感染者の臨床データと数理モデルに基づいて、感染者の隔離を終了するタイミングを検証するためのシミュレータを開発しました。これにより、“感染性のある患者の隔離を(早く)終了してしまうリスク”と“感染性を失った患者を不要に隔離してしまう期間(隔離に関わる負担)”の計算に成功しました。この結果、リスクと負担を同時に抑えるための個人差を考慮した適切な隔離戦略を、PCRテストが十分にできるかなどの状況に応じて提案できるようになりました。

現在、臨床・疫学データや経験則に基づいた異なる隔離基準が国ごとに採用されている状況に対して、本研究は、数理モデルに基づいた柔軟な隔離ガイドラインの確立に貢献できると期待されます。

本研究成果は、2021年7月27日に国際学術雑誌「eLife」にオンライン掲載されました。

ポイント

  • いまだ感染性のある新型コロナウイルス感染者の隔離を終了してしまう確率(不完全な隔離終了確率:リスク)が計算可能になった。
  • すでに感染性を失っている新型コロナウイルス感染者を不要に隔離してしまう期間(不要な隔離期間:負担)が計算可能になった。
  • PCRテストが十分にできるかなど状況に応じて、隔離に関わるリスクと負担を同時に抑えるための適切な隔離戦略を数理モデルに基づいて提案できるようになった。

研究背景と内容

感染者隔離は二次感染を防ぐための重要な感染症対策です。隔離者は自宅、あるいは、決められた施設で定められた期間を過ごすことになります。では、どの程度の隔離期間が適切でしょうか?長期間の隔離は二次感染のリスクを下げる一方で、隔離者やそれを支える社会は大きな負担を被ります。よって、隔離に関わるリスクと負担のバランスを考慮した、適切な感染者隔離のガイドラインが求められています。

これまでに、二つの感染者隔離の基準が考慮されてきました。一つ目は、感染者を一定期間だけ隔離する方法(固定期間法注1))です。二つ目は、PCRで計測できる個々の感染者のウイルス量に基づく方法(PCRテスト法注2))で、ウイルス量が閾値を下回るまで(つまり感染性を失ったと考えられるまで)隔離します。

固定期間法は、期間だけに基づくので実行が簡単です。しかし、感染性を失うまでの期間には個人差がある点を考慮できません。つまり、隔離終了時点でもまだ感染性を持っている場合や、逆に感染性を失っているのに、期間を終えるまで不要に長く隔離されている場合がたくさんあります。一方、PCR テスト法は直接ウイルス量を計測するので、感染者ごとに感染性を失ったと考えられる時点で隔離が終了できます。しかし、医療従事者による複数回のPCR 検査の実施が必要になるため、検査の提供・実施体制が大きな課題になります。

本研究では、COVID-19感染者の臨床データと数理モデルを用いて、様々な設定に対応した“感染性のある患者の隔離を(早く)終了してしまうリスク”と“感染性を失った患者を不要に隔離してしまう期間(隔離に関わる負担)”を計算できるシミュレータを開発しました。特に上記の固定期間法やPCR テスト法をシミュレーション内で実現し、適切な固定期間、隔離期間でのPCR テストの間隔などを計算できます。これにより、隔離に関わるリスクと負担を同時に抑えるための個人差を考慮した適切な隔離戦略を、数理モデルに基づいて提案できるようになりました。

成果の意義

日本では、検査結果に関わらず有症状者は「発症日から10日間経過し、かつ、症状軽快後3日間経過していること」が隔離終了の条件として採用されています。また、無症状者や重症者には異なる条件が適用されています。

例えば、発症後10日間の隔離期間を仮定した固定期間法では、開発したシミュレーションによると、感染性のある患者の隔離を(早く)終了してしまうリスク(隔離に関わるリスク)は0.9%程度と低く抑えられる一方、感染性を失った患者を不要に隔離してしまう期間は(隔離に関わる負担)は6.8日程度と長くなることが計算できます。また、二次感染による感染拡大のリスクを抑えるために、隔離に関わるリスクを5%以下に止めたい場合は、シミュレーションによると7日間の隔離期間が必要になりますが、平均して3.8日間、隔離に関わる負担が発生すると計算されます。

感染症対策では、その時々に応じて、限られた予算や人員、資源を考慮しつつ、柔軟に戦略を提案することが重要です。特にリスクと負担を同時に抑える適切な隔離ガイドラインが日本のみならず世界的に求められており、本シミュレータはそのような要望に応えるものです。

本研究はJST未来社会創造事業 探索加速型「共通基盤」領域における数理モデルの臨床データの定量的解析にもとづいたシミュレータ開発の成果を、社会に実装するために「感染者の隔離戦略」の評価・検証を可能にしたものです。また、JSTムーンショット型研究開発事業にも支援されています。

用語説明

  • 注1)固定期間法:感染者を固定された期間だけ隔離する方法。
  • 注2)PCRテスト法:PCRで計測できる個々の感染者のウイルス量が閾値を下回るまで隔離する方法。

論文書誌情報

タイトル Revisiting the guidelines for ending isolation for COVID-19 patients
著者
  • Yong Dam Jeong(名古屋大学大学院理学研究科 研究員、釜山大学理学部数学科 博士後期課程)
  • 江島 啓介(Department of Epidemiology and Biostatistics, Indiana University School of Public Health-Bloomington, Assistant Research Scientist)
  • Kwang Su Kim(名古屋大学大学院理学研究科生命理学専攻 特任講師)
  • 岩波 翔也( 名古屋大学大学院理学研究科生命理学専攻 助教)
  • Ana I. Bento(Department of Epidemiology and Biostatistics, Indiana University School of Public Health-Bloomington, Assistant Professor)
  • 藤田 泰久(名古屋大学大学院理学研究科生命理学専攻 博士後期課程)
  • Il Hyo Jung(釜山大学理学部数学科 教授)
  • 合原 一幸 (東京大学 特別教授/東京大学国際高等研究所、ニューロインテリジェンス国際研究機構 副機構長)
  • 渡士 幸一(国立感染症研究所治療薬・ワクチン開発研究センター 治療薬開発総括研究官)
  • 宮崎 泰可(宮崎大学医学部 内科学講座呼吸器・膠原病・感染症・脳神経内科学分野 教授)
  • 脇田 隆字(国立感染症研究所 所長)
  • 岩見 真吾(名古屋大学大学院理学研究科 教授、兼:京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)連携研究者、九州大学マス・フォア・インダストリ研究所 客員教授)
  • Marco Ajelli(Department of Epidemiology and Biostatistics, Indiana University School of Public Health-Bloomington, Associate Professor)
掲載誌 eLife
DOI 10.7554/eLife.69340