2020.9.29
4ヶ月間に100万倍増殖する新規培養法
京都大学高等研究院ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)拠点長の斎藤通紀 教授(兼:京都大学大学院医学研究科教授、京都大学iPS細胞研究所連携主任研究者)、村瀬佑介 同特定研究員らは、ヒトiPS細胞から誘導したヒト始原生殖細胞様細胞(1)を、物質的に定義された条件下で長期間継続的に増殖させる培養方法を開発しました。胎児卵巣内環境を試験管内で再現した再構成卵巣培養によりヒト始原生殖細胞様細胞が卵原細胞様細胞(2)へと分化することが明らかになっていましたが、細胞数が数百万に達する生体内の分化過程と比較して、再構成卵巣では細胞の生存・増殖が不十分であり、ヒト始原生殖細胞様細胞の培養環境として最適ではありませんでした。本研究では基礎培地やサイトカイン(3)・化合物の組み合わせを検討し、4ヶ月の培養で100万倍程度までヒト始原生殖細胞様細胞が増殖する培養方法を開発しました。その培養期間中、遺伝子発現状態及びゲノムDNAメチル化(4)の状態は培養初期の状態を維持していました。本研究により開発された培養法は、ヒト生殖細胞の分化過程や関連する疾患について解析する技術的な基盤となることが期待されます。
本研究成果は、2020年9月20日に「The EMBO Journal」にオンライン掲載されました。
これまで、哺乳類の生殖細胞系列の発生及び分化に関する研究はマウスを中心に進められ、その根底にあるメカニズムが明らかになってきました。生殖細胞の運命決定がなされる着床後胚を解析することは、倫理的・技術的な観点からヒトにおいてほとんど不可能ですが、多能性幹細胞を起点として生殖細胞系列の分化過程を試験管内で再構成する方法論が確立されたことでヒト生殖細胞系列の発生・分化について理解を深める道が拓かれました。ヒト多能性幹細胞を起点とした方法では複数のサイトカインを用いて始原生殖細胞様細胞を誘導し、マウス胎児卵巣体細胞と凝集させる再構成卵巣培養を行うことで卵原細胞様細胞が得られます。しかし、この方法で得られる卵原細胞様細胞の数は限られており、生体内の始原生殖細胞は細胞の分化に伴って最大で数百万細胞までその数を増やすことを鑑みれば、始原生殖細胞様細胞の生存・増殖に再構成卵巣培養法は最適ではなく、改善の余地があると考えられました。
本研究ではまず、ヒト始原生殖細胞様細胞の増殖に適した培養条件の探索を行いました。マウス始原生殖細胞を増幅可能な培養法にサイトカインと化合物の組み合わせ32通りを添加し検討を行ったところ、塩基性線維芽細胞成長因子(basic fibroblast growth factor, bFGF)とアデニリルシクラーゼ活性化剤であるForskolinの組み合わせがヒト始原生殖細胞様細胞の増殖を促進することが分かりました。その他、基礎培地の種類やグルコース濃度について最適化を行なったところ、4ヶ月間の培養で100万倍近くまでヒト始原生殖細胞様細胞を増殖させることが可能な培養法を確立しました。
また、本培養系で増殖したヒト始原生殖細胞様細胞は、ヒトiPS細胞から誘導された直後の始原生殖細胞様細胞と近い遺伝子発現及びDNAメチル化状態を維持していることがそれぞれRNAシーケンス及び全ゲノムバイサルファイトシーケンスから明らかになりました。特に、ゲノムDNAのメチル状態が維持されるという点は、増殖中に生体内と同様のゲノムワイドなDNA脱メチル化を起こすマウス始原生殖細胞様細胞の場合と対照的でありました。これは生殖細胞系列の分化過程で引き起こされるエピゲノムリプログラミング(5)の開始機構が種によって異なることを示唆していると考えられます。
重要なことに、増殖したヒト始原生殖細胞様細胞は再構成卵巣内で卵原細胞様細胞へと分化することが確認され、分化能を維持していることが示されました。
本研究によって分化能を保ったままヒト始原生殖細胞様細胞の長期培養が可能となりました。今後は本研究で示唆されたエピゲノムリプログラミング開始機構の種差に注目し研究を進めていく予定です。
。本成果は、以下の事業 研究領域 研究課題によって得られました。
多能性幹細胞を起点として試験管内で始原生殖細胞を誘導し分化させる再構成的なアプローチは、ゲノム編集技術などを用いた遺伝子機能の検証が容易であるという点で生体由来試料を用いた実験に対して優位性があります。将来的には本研究を含む試験管内再構成系を用いてマウスやサル、ヒトの生殖細胞の分化・発生機構に存在する種特異性と保存性の両面に迫りたいと考えています。