Kyoto University Institute for the
Advanced Study of Human Biology

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2024.5.20

理性と感情の葛藤メカニズムを明らかに – 悲観と共に変化するトップダウン信号を発見 –

京都大学高等研究院ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)雨森智子 特定研究員(学振RPD)と 雨森賢一 特定拠点准教授の研究グループは、「理性」を司る前頭前皮質と「感情」を司る辺縁皮質・線条体との相互作用に着目し、2つの領野間にどのような信号が送られ、感情の変化に伴ってその信号がどのように変化するのかを明らかにしました。

本研究の概要図
Stim (Stimulation) : 微小電気刺激、dlPFC: 前頭前皮質、pACC: 前帯状皮質膝前部pregenual anterior cingulate cortex、sgACC: 前帯状皮質膝下部subgenual anterior cingulate cortex)、Striatum: 線条体

前頭前皮質注1 はヒトを含む霊長類で特に発達した領野で、さまざまな知的な認知機能を司る「理性」の中心を担うと考えられています。前頭前皮質の損傷により感情を抑えることが難しくなることから、古くから前頭前皮質は、感情制御(emotion regulation)注2 の機能を担うと考えられてきました。さらに、うつ病などの精神疾患では、この感情制御が適切に機能しておらず、悲観的な状態が持続し日常生活へ影響を及ぼすことが知られています。しかしながら、その感情制御のメカニズムに関してはほとんど明らかとなっていませんでした。 本研究では、PFCと辺縁皮質・線条体のそれぞれの領野から神経活動を同時に記録することのできる新たな多点電極記録法を開発し、さらに、sgACCの微小電気刺激によってうつ病様の悲観状態を人為的に誘導する手法を確立しました。前頭前皮質と辺縁皮質・線条体の神経活動を同時に記録し、領野間の信号の流れを調べ、人為的に誘導されたうつ状態では、前頭前皮質の信号の影響が低下していることを明らかにしました。この研究によって、うつ病などの病的な悲観状態を制御する、前頭前皮質のトップダウン信号が明らかになり、ヒトに特徴的な「理性」と「感情」の葛藤する仕組みの一端が解明されました。 本成果は、2024年5月17日に英国の学術誌Nature Communicationsにオンライン掲載されました。

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用語解説

注1、前頭前皮質(prefrontal cortex, PFC):ヒトやマカクザルの脳にある前頭葉の前側の領域で、前運動野の前に位置しています。この脳領域は認知的に計画された行動の実行や、理性的で社会的行動に関わっているとされています。前頭前皮質の機能を説明する例として、古典的にはフィニアス・ゲージの症例が挙げられます。事故により、前頭葉の損傷を受けたゲージは、記憶、言語、運動能力を保ったまま、気分屋で、短気な性格に変化したと報告されています。また、さまざまな感情を意図的に抑制するときに、PFCの様々な領野が活性化することが、機能MRIの研究などで報告されています。

注2、感情制御(emotion regulation):状況や社会的な環境に応じて、感情を適切に制御することを感情制御と言います。感情は社会的な状況に関わらず辺縁系において惹起され、行動に影響を及ぼすことが分かっており、とくに、この制御のメカニズムは、うつ病からの防御に重要なシステムの一つとも考えられています。認知的で理性的な行動に関わる前頭前皮質によって制御されるのではないか、と考えられています。

研究者のコメント

「ヒトの高次の脳機能の基盤となる大規模ネットワークの情報処理メカニズムの解明には、ヒトと相同な脳構造を持つマカクザルの実験が必須です。本研究は、多数の領野からLFPを取得し、神経操作によってうつ病状態を誘導するなど、様々なテクニックを組み合わせ、理性と感情の葛藤に関わる面白い現象を見つけることができました。サルの脳研究は時間がかかりますが、粘り強く研究を進め、こころのメカニズムに関わる大事な発見を目指したいと思っています。」(雨森 賢一)


研究プロジェクトについて

この研究は、JSPS科研費 21K19428 (KA), 21H05169 (KA), 20H03555 (KA), 22H04998 (KA), 24H02163 (KA), AMED 22jm0210081h0003 (KA), 21J40030 (SA), 21K07259 (SA), 内藤記念科学振興財団 (KA and SA), 武田科学振興財団 (KA and SA), NIH/NIMH P50MH119467 (AMG)の助成を受けたものです。


論文情報

Amemori, S., Graybiel, M.A., & Amemori, K. (2024). Cingulate microstimulation induces negative decision-making via reduced top-down influence on primate fronto-cingulo-striatal network. Nature Communications. DOI.10.1038/s41467-024-48375-1