Kyoto University Institute for the
Advanced Study of Human Biology

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2022.6.29

受精卵の「全能性」の基盤となるメカニズムを解明

ゲノムの三次元構造のダイナミックな変化が配偶子を生み出す

全能性の基盤となる、ゲノムの三次元構造の一方向かつダイナミックな変化(ヌクレオームプログラミング)を、斎藤通紀 京都大学高等研究院ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)拠点長/教授と長野眞大 同医学研究科助教らの研究グループが明らかにしました。不妊治療や再生医療への応用の観点からも重要な成果です。

全能性は、一つの細胞から個体を構成するあらゆる細胞に分化して、個体を形成する能力を指し、受精卵のみが保有しうるユニークな性質です。これまで、受精卵を形成する配偶子(精子・卵子)の形成過程における全能性獲得の基本原理については、理解が進んでいませんでした。

そこで、斎藤教授らは、細胞核内のゲノム(DNAが保持する全遺伝情報)の立体構造やゲノム全体の化学修飾(エピゲノム)などが変化する過程を包括的に解析する「ヌクレオーム解析」を行いました。その際、マウスのES細胞(多能性幹細胞)を起点として試験管内誘導を行った始原生殖細胞様細胞(PGCLCs)や、精原細胞から樹立した精子幹細胞(GSCs)などを含む、マウスの生殖細胞の発生過程の鍵となるステージに相当する、試験管内細胞種を包括的に解析しました。

その結果、発生過程を通して、遺伝子が転写されやすいゲノムの領域(ユークロマチン)が拡大し続ける(ユークロマチン化)一方で、転写の抑制された領域(ヘテロクロマチン)は限局された領域に縮小することが分かりました。

さらに詳しく解析を進めたところ、核膜直下に分布するLADs(ラミナ関連ドメイン)と呼ばれるゲノムの領域が、生殖細胞の発生過程を通して大幅に減少していました。特に、精子幹細胞では、LADs がセントロメア(染色体の短腕端部分)付近を中心とした領域に濃縮しており、染色体レベルの大規模なDNAの再配置が起きていることが観察されました。これには、ユークロマチン化の進行に伴い、セントロメアを中心とした強く抑制された限局したヘテロクロマチン領域がLADsとして残るために、大規模なDNAの再配置が起こるという機序が考えられました。

哺乳類では、始原生殖細胞の形成とともに、DNAのメチル化やいくつかのエピゲノム修飾が一掃され(エピジェネティック・リプログラミング)、配偶子それぞれに特有のDNAメチル化パターンやエピゲノム修飾が、再びゲノム全体に施されることが知られています(エピジェネティック・プログラミング)。しかし、生殖細胞のゲノムのユークロマチン化は、このリプログラミングならびにプログラミングという、一度消去してから新たに書き込むという従来考えられていた機序とは異なり、生殖細胞発生過程を通じて一方向性に起きていました。

さらに、生殖細胞の基となる始原生殖細胞様細胞では、DNAのメチル化が一掃されているため、ゲノム上の多くのエンハンサーが活性化している一方でゲノム上の区切り(インシュレーション)が強くなるという、特徴的なDNA三次元構造の変化を起こすことが分かりました。この変化により、エンハンサーとプロモーターは適切な相互作用を保ち続け、発生過程が誤りなく進行するように、遺伝子の転写が調整されていると考えられました。

ところが、驚くべきことに、この始原生殖細胞様細胞で見られた特徴的なDNA三次元構造変化は、DNAの再メチル化(エピジェネティック・プログラミング)に伴い、精子幹細胞ではほぼ消滅していました。さらに、このインシュレーションの消失が、雄性生殖細胞運命に重要な遺伝子のプロモーターとエンハンサーの相互作用の形成に寄与しているということが示唆され、精子幹細胞様細胞(GSCLC)ではこのインシュレーションの消失が不完全になっているということも観察されました。

以上のように、生殖細胞の発生過程では、一部のエピゲノムにだけ着目した場合はリプログラミングに引き続きプログラミングが起きている一方で、核内の包括的なエピゲノム並びにクロマチン高次構造に着目した場合、「ヌクレオームプログラミング」と呼ぶべき統合的な一方向性の変化を起こし、配偶子を生み出すための基盤を形成することが明らかになりました。また、このヌクレオームの変化が正常に起きない場合、精子形成能力が著しく低下することも分かりました。

本論文筆頭著者の長野助教は、「本研究で、全能性の基盤となるクロマチン高次構造やエピゲノムの特徴を明らかにすることができました。今後は、ヒトやその他の哺乳類のヌクレオームダイナミクスを明らかにすることが、全能性とその進化的多様性を包括的に理解するうえで決定的に重要だと考えられます。また、本研究で作成した膨大なデータセットは、この研究分野でベンチマークとなる貴重なものになると思います。」と話します。

論文書誌情報

タイトル Nucleome programming is required for the foundation of totipotency in mammalian germline development
著者 Nagano, M., Hu, B., Yokobayashi, S., Yamamura, A., Umemura, F., Coradin, M., . . . Saitou, M.
掲載誌 EMBO Journal
DOI https://doi.org/10.15252/embj.2022110600
公開日 6月15日(アメリカ東部標準時)