Kyoto University Institute for the
Advanced Study of Human Biology

MENU

ニュース

2021.9.14

盲視マカクサルは視覚意識が無くても自発的行動を学習できる

意識していない手がかり刺激の強化学習への利用
盲視マカクサルは視覚意識が無くても自発的行動を学習できる

図1:損傷により、視覚的手がかり刺激の提示にあまり気が付かなくなっていても、視覚刺激をフィードバックとした報酬を得るための自発的行動の学習は可能であった。

概要

霊長類において、視覚情報の大部分は第一次視覚野(V1)を介して脳内に送られるため、V1の損傷は視覚意識の障害を引き起こします。しかし損傷後、視覚意識が無いにも関わらず、視覚情報に誘導されて、視覚対象に目を向けることのできる現象が知られています。この現象は「盲視」と呼ばれ、これまでの研究で、視覚意識と視覚運動変換注1が乖離可能であることが示されてきました。それでは、霊長類は意識と切り離して、どこまでの行動を取ることが可能なのでしょうか?

京都大学高等研究院ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)の伊佐正 副拠点長と加藤利佳子 特定助教らの研究グループは、マカクサルがV1の損傷後にも、道具的条件付け(instrumental learning)注2によって自発的行動の学習が成立するかを調べました。本研究における道具的条件付けは、マカクサルが特定の行動を行った後に、視覚的手がかり刺激(CS)注3によって、その行動が報酬獲得に有効であるかがフィードバックされ、強化されるものです。実験の結果、CSは、V1損傷後においても、CS提示直前の行動を強化する強化因子として機能し、V1を介さない無意識の視覚経路のみでも自発的行動を学習出来ることが明らかになりました。今後は、意識下と無意識下の自発的行動の学習神経機構を明らかにし、ヒトの脳機能の解明および人工知能(AI)の開発に寄与する予定です。

本成果は、2021年7月20日に、国際学術誌「Scientific Reports」にオンライン掲載されました。

1.背景

第一次視覚野を損傷した患者さんの中には、障害視野に提示された視覚対象が見えないにも関わらず、その位置に、眼を向けることができる能力を保持していることが知られています。この現象は、盲視として知られ、視覚意識の理解のために、研究が行われてきました。盲視は、視覚意識と乖離して、提示された視覚刺激に誘導されて、その位置へ目を動かす応答です。それでは、霊長類において、どこまでの行動が、第一次視覚野を介さない無意識の視覚神経経路で可能なのでしょうか?本研究グループは、この研究において、報酬の獲得に繋がる行動の後、その有効性が視覚手がかり刺激(CS)によってフィードバックされる道具的条件付け(instrumental learning) において、CSをV1損傷による障害視野に提示しても、自発的行動の学習が成立するかを調べました。

2.研究手法・成果

本研究では、盲視のモデル動物として、片側のV1を損傷したマカクサルを用いました。そして、V1 損傷後の自発的行動の学習能力を調べるために、本研究グループは、「隠された特定領域探索課題」(Hidden target area search task)を開発しました。この課題では、サルは、モニター内の隠れた特定領域(HA)を視線で探し出すことを要求されています。探し出すHAの場所自体には、何の視覚的マークも付いていませんが、もしサルの視線がその領域に入ると、モニターの端に視覚手がかり刺激(CS)が点灯し、視線がHAに入ったことを知らせ、サルは報酬(ジュース)を2秒後に受け取ります。このCSを、モニター右の端にするか左の端に提示するかで、V1損傷による障害視野側にも、健常視野側にも提示することが可能となります。また、一つのHAの位置を十分に学習できたと判断したら、HAの位置を変えることにより、新しい行動学習の記録が可能になり、繰り返し行動学習の測定が可能です。

実験の結果、障害視野に提示されたCSも、CS提示直前の行動を強化する強化因子として機能し、行動学習を成立させることが明らかになりました。一方で、健常視野にCSを提示した場合はサルがHAの探索をやめるのに対し、障害視野に提示した場合は探索を継続することから、障害視野に提示されたCSに対する視覚意識が低下していることが分かりました。従って、V1損傷後のV1を介さない無意識の視覚経路のみでも自発的行動を学習出来ることが明らかになりました。

 

3.波及効果、今後の予定

本研究は、無意識の視覚経路が学習神経機構にアクセス可能であることを示すだけでなく、連合学習における視覚意識の持つ役割の解明においても、重要な知見となります。本研究グループは、今後の研究において、意識下と無意識下の自発的行動における学習の神経機構を明らかにすることで、霊長類、さらに人の行動形成のための脳機能の解明と人工知能(AI)の開発に寄与したいと考えています。

4.研究プロジェクトについて

本研究は、日本学術振興会科学研究費(科研費、研究代表者:伊佐正、課題番号:22220006) 、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED、研究代表者:伊佐正、課題番号:18dm0107151h0003)、生理学研究所 国際共同研究助成の支援を受けて行われました。

用語解説

注1 視覚運動変換:霊長類においては、視界の解像度は一様ではなく、明所では中心窩において視力が最も高い。従って視覚対象を良く見るためには、眼を対象にまっすぐ向ける必要があります。この時、視野の端にある対象までの距離の情報を、そこへ眼を動かすための運動形成に使用する必要があります。このような視覚情報を運動信号に変換することを視覚運動変換としています。

注2 視覚的手がかり刺激(CS):報酬に関する情報を有し、そのことを学習済みの視覚刺激。この課題では、サルの視線がHAの位置に入った時に提示される。同時に、もしHA内に230ms以上視線を保持すれば報酬が2秒後に得られるため、報酬の獲得の可能性を示す。

注3 道具的条件付け(instrumental learning):特定の行動の後に、報酬などの強化因子を受け取ると、その行動を自発的に行う頻度が高くなる。この過程を、行動の強化と呼び、このような自発的行動の学習は道具的条件付けと呼ばれる。

研究者のコメント

本研究では、第一次視覚野を損傷したマカクサルの盲視モデル動物を用いることにより、第一次視覚野を介さない非視覚意識の視覚経路でも、報酬を得るための自発的行動の学習を十分に成立させ得ることを示しました。これは、連合学習機構の強固さを示しています。一方、強化因子による強化の影響が、行動の様々な側面に及ぶことは、行動選択における自由さや柔軟さが確保されていることを示唆します。無から新しい物を作り出す創造の能力の一端が実験環境下で見えたことは、複雑な人の脳機構の理解に繋がる研究も可能であると考えます。

論文書誌情報

タイトル Visual instrumental learning in blindsight monkeys(盲視マカクサルモデルにおける視覚的な道具的条件付け学習)
著者 Rikako Kato, Abdelhafid Zeghbib, Peter Redgrave & Tadashi Isa
掲載誌 Scientific Reports
DOI 10.1038/s41598-021-94192-7