ニュース

2021.7.27

悲観的意思決定の大規模脳ネットワークに関する仮説を提唱

不安状態における前頭皮質とストリオソーム回路による悲観的意思決定の生成

悲観的意思決定の大規模脳ネットワークに関する仮説を提唱〜不安状態における前頭皮質とストリオソーム回路による悲観的意思決定の生成

本研究の概要図

概要

不安障害では、大脳辺縁系皮質と大脳基底核が協調して活動し、大規模な脳ネットワークを形成することが知られています。京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi) 雨森賢一 特定拠点准教授、雨森智子 同研究員らの研究グループは、これまで、サルを用いた実験により、不安の根源である悲観的な意思決定の誘発に、線条体ストリオソーム構造と前頭皮質の局所の経路が関与していることを示してきました。本研究では、これらの知見を関連する文献と照らし合わせ、悲観的意思決定の脳内ネットワークについて以下の仮説を提示しました。

本研究グループの先行研究で、前帯状皮質(pACC)、眼窩前頭皮質尾部(cOFC)を微小刺激により活性化することで、不安に似た状態が誘発され、それが意思決定に影響することが知られています。さらに、これらの領域にウイルストレーサーを注入したところ、pACCとcOFCが、線条体のストリオソーム構造、尾状核の尾部、内側前頭前皮質、扁桃体、視床などの共通の構造に投射していることがわかりました。げっ歯類ではストリオソームが黒質のドーパミン含有細胞に直接投射していることから、悲観的判断に関連する脳部位は、ドーパミン機能を制御するストリオソームと、そこに投射する皮質領域を含む大規模な脳ネットワークによって成り立っているのではないかと考えています。

本研究は、2021年6月30日に国際学術誌「Frontiers in Neuroscience」にオンライン掲載されました。

1.背景

不安を引き起こすメカニズムや不安感の制御がどのような脳メカニズムでなされているのかは、まだよくわかっていません。本研究では、不安に基づく悲観的な意思決定を引き起こす脳部位の解剖学的、機能的結合関係を調べることで、霊長類において不安に基づく意思決定に関わる神経回路を明らかにしました。さらに、他の先行研究の結果を参考にし、不安に関わる脳ネットワークの仮説を立てました。

2.研究手法・成果

本研究では、①微小電気刺激法を用い、悲観的な意思決定に因果的に関わる脳部位を同定する、②その部位にウイルストレーサーを入れて、解剖学的結合関係を明らかにする、③MRI内で微小電気刺激を行うことで、悲観的な意思決定に関わるすべての脳部位を可視化する、という3つの手法を用いました。これにより、悲観的意思決定に因果的に関わる脳部位の神経結合関係、機能的な結合関係が明らかになりました。不安に関わる脳ネットワークを明らかにした本研究成果は、不安障害などで、特定の脳回路特異的に治療をする場合に役立つと考えられます。

3.波及効果、今後の予定

抗不安薬を投与すると、微小電気刺激による悲観的意思決定の増加が減ることは確認されていますが、霊長類が本当に不安を感じているかを完全に証明することは困難です。しかしながら、不安による意思決定の変化は、げっ歯類などのヒトから遠い動物ではそもそも調べることが難しいため、今後、ヒトでの不安障害の治療法の開発も視野に入れると、本研究のようにヒトと相同な脳構造を持つ霊長類で研究を行う意義があります。

研究プロジェクトについて

本研究は、米国NIH/NINDのRO1リサーチグラント、CHDI Huntington disease Foundation等から研究助成を得て、マサチューセッツ工科大学のマクガヴァン脳研究所で行った一連の研究をまとめたものです。論文執筆や新しいデータの解析は、日本学術振興会科研費、住友財団、武田科学振興財団、等の研究助成を得て、京都大学霊長類研究所・京都大学高等研究院ASHBiで行いました。

用語解説

  • 線条体ストリオソーム構造:線条体に存在するパッチ構造で神経化学的に異なる性質を持つ、ストリオソーム構造とマトリックス構造に分かれる。
  • ウイルストレーサー:順行性のアデノ随伴ウイルスに全細胞に感染するプロモーターと標識となる蛍光タンパク質を付けたもので、神経トレーサーとして用いた。
  • ドーパミン:神経伝達物質の一つで、中脳黒質にドーパミン細胞が存在し、様々な脳部位に神経軸索を伸ばしている。報酬や意欲、学習に関連した機能を担うといわれる。
  • 投射:神経細胞がその軸索を伸ばしシナプス結合すること。
  • 微小電気刺激法:特定の脳部位に電極を刺入し、微小(マイクロアンペア単位)の電流を流し、神経細胞を賦活させる古典的な手法。脳部位の機能を調べるのに広く使用されている。

研究者のコメント

動物では本来アプローチのしにくい「不安」や「不安に基づく意思決定」をサルでの心理実験に落とし込み、ヒトでは使えない最新の神経科学の手法を組み合わせ、不安に関わる神経回路を同定しそのメカニズムに迫ったことが、一連の研究の醍醐味です。また、1970年代に発見されたものの、これまでその機能が不明であった、線条体ストリオソーム構造の機能の一端を明らかにし、それが悲観的意思決定の脳ネットワークの重要なノードであることを提唱しました。悲観的意思決定の脳ネットワーク仮説が、将来的に、ヒトの神経・精神疾患の経路選択的な治療に役立つことを期待しています。

論文書誌情報

タイトル Causal Evidence for Induction of Pessimistic Decision-Making in Primates by the Network of Frontal Cortex and Striosomes (霊長類前頭皮質とストリオソーム回路による悲観的意思決定の生成)
著者 Satoko Amemori, Ann M Graybiel, Kenichi Amemori
掲載誌 Frontiers in Neuroscience
DOI 10.3389/fnins.2021.649167