2021.3.1
京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi) 斎藤通紀 拠点長(兼:大学院医学研究科教授)と京都大学iPS細胞研究所 小島洋児 特定拠点助教らのグループは、精子や卵子の元となる始原生殖細胞への分化を誘導できる遺伝子を特定しました。
本研究グループでは、これまでにヒトのiPS細胞を用いて、試験管内で生殖細胞発生を再現する系を作製し、どのような遺伝子が関わっているか、を探索してきました。これまでにEOMES遺伝子を始め、SOX17遺伝子、TFAP2C遺伝子、BLIMP1遺伝子の発現がないと生殖細胞に分化できないことを発見し、モデル動物としてよく用いられているマウスとは異なる機序であることを明らかにしてきました。
ところが、本研究でこれらの遺伝子の発現だけでは生殖細胞に分化しない、ということを突き止めました。そこで、どのような遺伝子が発現していることが十分条件か、を探索しました。その結果、GATA3遺伝子、あるいは構造の類似したGATA2遺伝子をSOX17遺伝子、TFAP2C遺伝子とともに発現することで、始原生殖細胞へと分化が開始することを発見しました。この発見により、生殖細胞への分化の進行を制御する因子が明らかになり、生殖細胞発生の遺伝子制御のネットワークを解明する基盤ができました。
本研究成果は、2021年2月19日に国際学術誌「Life Science Alliance」にオンライン掲載されました。
本研究グループでは、ヒトiPS細胞を用いてヒトの生殖細胞の発生過程を再現し、その発生に必要な遺伝子を特定してきました。これまでに、まずEOMES遺伝子が機能し、その後にSOX17, TFAP2C, BLIMP1の3遺伝子が発現して生殖細胞系列へと運命決定がなされることを示しました。しかし、これらの遺伝子が必要であることは示せた一方、これらの遺伝子の発現を促し、生殖細胞を規定する遺伝子セットが何かは不明でした。本研究により、これが初めて明らかになりました。
今回は本研究グループで開発した、ヒトiPS細胞から始原生殖細胞様細胞へと分化させる手法を使用しました。まずヒトiPS細胞に遺伝子改変を加え、Doxycycline(以下Dox)を加えた時に特定の遺伝子を強制的に発現させる系を導入し、生殖細胞分化に最も重要なシグナル分子であるBMP4を加えずに、生殖細胞へと分化誘導できる遺伝子を探索しました。まずSOX17, TFAP2C, BLIMP1を様々な組み合わせで強制発現してみましたが、予想に反し、どの組み合わせでも生殖細胞へと誘導することはできませんでした(図1)。そこで、Doxを添加してSOX17, TFAP2C, BLIMP1の3遺伝子を同時に発現させた細胞と、BMP4で刺激してできた始原生殖細胞様細胞との遺伝子発現を比較し、GATA3遺伝子が発現していないことを特定しました。そこでいくつかの組み合わせを試み、最終的にDoxを用いてGATA3, SOX17, TFAP2Cの3遺伝子を発現させると、BMP4なしで始原生殖細胞へと分化が進むことを発見しました(図2)。さらに試験管内で生殖細胞の分化を進める手法を用いて、より発生の進んだゴノサイトまで誘導でき、機能的な生殖細胞であることも確認できました。
続いて生殖細胞分化におけるGATA3遺伝子の役割を確認するために、ゲノム編集技術クリスパーCas9を用いてGATA3遺伝子のノックアウトiPS細胞を作製し、始原生殖細胞へと誘導を試みました。興味深いことに、GATA3遺伝子がなくても始原生殖細胞ができることが分かりました。始原生殖細胞ではGATA3遺伝子と機能の類似したGATA2遺伝子が発現しており、GATA2遺伝子により機能が補完されている可能性を考え、GATA3とGATA2の両遺伝子をノックアウトしたiPS細胞を作製して分化実験を行ったところ、ほとんど始原生殖細胞が形成されないことが確認されました(図3)。
以上のように、ヒトの生殖細胞発生におけるGATA遺伝子の重要な役割が明らかになりました。
生殖細胞の発生にBMPシグナルが重要であることは、哺乳類に限らず、一部の両生類や昆虫などでも知られていますが、その下流でGATA遺伝子が機能していることは他の生物種でも知られておらず、ヒトで始めて特定できました。進化的に保存されたものか、ヒト、あるいは霊長類に特異的なものか、など、今後の解明が期待されます。
今回のGATA3は生殖細胞分化の起点で作用する遺伝子ですが、その後上記のSOX17, TFAP2C, BLIMP1などの遺伝子を含め、様々な遺伝子が様々に機能して生殖細胞が成熟していきます。それぞれの機能を生物学的な実験手法にとどまらず、数学的なアプローチなども駆使しながら一つずつ解明していきたいと思います。