PI
運動を制御する神経系はそれぞれの動物種が自ら生活する環境に最もよく適合するように発達しています。私たちは高等霊長類において特に発達している精緻な運動系、つまり手の巧緻運動と急速眼球運動を制御する神経回路、さらにこれらの運動の制御に関わる注意や動機付けなどの認知機能、そして関連する神経回路の損傷後の機能回復のメカニズムを、主として非ヒト科霊長類モデルを用いて研究してきました。まず、手の巧緻運動について、個々の手指を独立して制御する能力は特に高等霊長類で発達していますが、それはこれらの種において固有に発達した、大脳皮質運動野と脊髄運動ニューロンを直接つなぐ進化的に新しい経路と、進化的に古い、脳幹や脊髄に由来する経路の相互作用によって制御されているとされています。私たちはこれら並列する回路がどのように協調して作動しているか、また脳や脊髄の損傷によって「新しい経路」が損傷された場合に「古い経路」がどのように機能代償するかを研究しています。
次に、急速眼球運動は、通常は大脳皮質視覚野を介する視覚入力によって制御されていますが、視覚野が損傷された後は、系統発生的に古い視覚システムである中脳の上丘によって代償されることで、視覚的意識を伴わないかたちで機能回復することが知られており、その能力は「盲視」と呼ばれています。私たちは盲視に関わる大規模な神経ネットワークと、そこにどのような認知行動機能が残されているのか、また視覚的意識がどのような状態になっているのかを研究してきました。そして私たちは今回、ASHBiにおいて、これまでの研究を基盤として、げっ歯類と霊長類の相同神経細胞の単一細胞の遺伝子発現解析と、そこで明らかになる「進化の鍵となる遺伝子」を操作したゲノム編集マカクザルモデルの作製とその解析を通じて、これらの運動制御系の進化の基盤となる遺伝子機構を明らかにすることを目指しています。
Isa, T. (2019) Dexterous hand movements and their recovery after central nervous system injury. Annual Review of Neuroscience, in press.
Kinoshita, M., Kato, R., Isa, K., Kobayashi, K., Kobayashi, K., Onoe, H. and Isa, T. (2019) Dissecting the circuit for blindsight to reveal the critical role of pulvinar and superior colliculus. Nature Communications, 10(1):135. doi: 10.1038/s41467-018-08058-0.
Tohyama, T., Kinoshita, M., Kobayashi, K., Isa, K., Watanabe, D., Kobayashi, K., Liu, M. and Isa, T.(2017) Contribution of propriospinal neurons to recovery of hand dexterity after corticospinal tract lesions in monkeys.Proceedings of National Academy of Science USA,114:604-609.
Sawada, M., Kato, K., Kunieda, T., Mikuni, N., Miyamoto, S., Onoe, H., Isa, T. and Nishimura, Y. (2015) Function of nucleus accumbens in motor control during recovery after spinal cord injury. Science, 350: 98-101.
Kinoshita, M., Matsui, R., Kato, S., Hasegawa, T., Kasahara, H., Isa, K., Watakabe, A., Yamamori, T., Nishimura, Y., Alstermark, B., Watanabe, D., Kobayashi, K. and Isa, T. (2012) Genetic dissection of the circuit for hand dexterity in primates. Nature, 487: 235-238.