2023.4.5
現代の分子生物学を支える1細胞データ解析基盤技術の開発
京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)の 井元佑介 特定准教授と 平岡裕章 教授は、高次元データの「かたち」と「ながれ」を同時に抽出できるトポロジカルデータ解析手法「V-Mapper」を開発しました。V-Mapperを1細胞遺伝子発現データに適用することで、細胞分化の経路構造を表す「かたち」と、分化の進展方向を表す「ながれ」を同時に可視化することができます。V-Mapperを用いたデータ解析により、細胞分化の詳細な経路が明らかになり、細胞分化メカニズムの解明への貢献が期待されます。
本研究成果は2023年4月1日に『Nonlinear Theory and Its Applications, IEICE 』誌で公開されました。
近年、1細胞遺伝子発現データのようなビッグデータがさまざまな分野で取得できるようになりました。しかし、そのようなビッグデータから分析者が必要とする情報をデータ解析で抽出することは容易ではなく、抽出したい構造を数学的に記述し、その構造を出力できるデータ解析手法を適切に設計する必要があります。今世紀になって、数学分野の一つであるトポロジーの理論に基づいてデータの「かたち」を抽出することができるトポロジカルデータ解析が実用化され、さまざまな分野で応用されています。生命科学においては、トポロジカルデータ解析手法のMapper(マッパー)を1細胞遺伝子発現データに応用することで、細胞分化の経路構造を表す「かたち」を抽出する研究が行われてきました。しかし、Mapperは細胞分化の「かたち」を可視化できるものの、細胞分化の進展方向を表す「ながれ」を抽出できないことが問題でした。
そこで、本研究グループはMapperと遺伝子発現量の時間変化を抽出できるRNA velocity法に着目し、細胞分化の「かたち」と「ながれ」を同時に抽出できるトポロジカルデータ解析手法V-Mapper(velocity Mapper)を開発しました。V-Mapperは空間内の点集合とその上の流れ場を入力とし、Mapperの出力であるグラフ構造に流れ場を埋め込むことで、データの「かたち」と「ながれ」を重み付き有向グラフ(V-Mapperグラフ)によって可視化することができます。さらに、V-Mapperグラフにグラフホッジ分解を適用することで、複雑な流れ構造から大域的な流れ構造を表すグラフ上の勾配流を抽出することができます。
本研究グループはV-Mapperをマウス膵臓内分泌細胞の1細胞遺伝子発現データに適用し、分化後期に現れる複数の内分泌細胞への複雑な分化構造を抽出することに成功しました。本成果により、可塑性や周期性のようなトポロジカルな特性を含む細胞分化経路を抽出することが可能になります。V-Mapperを用いた1細胞遺伝子発現データ解析により、細胞分化メカニズムの解明に貢献することができ、再生医療における分化誘導の効率化など、臨床応用の進歩を強力に後押しすることが期待されます。
V-Mapperの計算プログラム(Pythonコード)はGitHub( https://github.com/yusuke-imoto-lab/V-Mapper )で公開されています。
掲載誌 | Nonlinear Theory and Its Applications, IEICE | タイトル | V-Mapper: topological data analysis for high-dimensional data with velocity. |
著者 | Yusuke Imoto and Yasuaki Hiraoka |
DOI | https://doi.org/10.1587/nolta.14.92 |
公開日 | 2023年4月1日 |