研究概要

多細胞システムの自己組織化機構の解明

遺伝子発現のばらつきを乗り越えて、マウス胚は一定の胚盤胞パターンを形成する。 Nanog (緑), Gata6 (赤), Serpinh1 (水色)

私たちの研究室では、多細胞システムの自己組織化、すなわち機能的な秩序形成を実現する原理を理解することを目指しています。多細胞システムでは、分子からオルガネラ、細胞、組織と階層を超えて様々な相互作用が存在しています。私たちは、これらの相互作用を一つずつ同定し、一個の受精卵から複雑な形やパターンが自己組織化する仕組みを明らかにしています。

自己組織化の基本原理

マウス8細胞期胚の対称性の破れと、それに続く内外パターン形成には細胞極性が必要十分である。Ezrin (赤), アクチン (緑)

哺乳類の卵は極性を持たず、初期発生の過程で対称性が破れていきます。私たちの研究により、こうした初期の形態形成や遺伝子発現には胚や細胞間で大きなばらつきが存在することが明らかになってきました (Dietrich et al. 2007 Development; Ohnishi et al. 2014 Nat Cell Biol; Niwayama et al. 2019 Dev Cell)。こうしたばらつきがあるにも関わらず、初期胚がどのようにして再現性のある形で発生するのかを明らかにすることは、哺乳類発生学の根源的な課題です。この難問に取り組むため、私たちは生物学、物理学、数学を融合した学際的な研究体制を確立してきました。これにより、細胞や組織の力学情報(皮質張力や接着力、圧力、幾何学)と細胞極性、細胞運命の三者からなるフィードバック相互作用が、マウス初期胚のサイズや内外パターン形成をロバストに制御することを示しました (Korotkevich et al. 2017 Dev Cell; Maître et al. 2016 Nature; Chan et al. 2019 Nature)。 私たちはこのようにメカニズムレベルでの理解を一つずつ積み上げています。さらに、最近の研究 (Ichikawa, Zhang, Panavaite et al. 2022 Dev Cell) で明らかになった組織間相互作用や胚-子宮間相互作用における自己組織化の原理も導いていきます。

胚のサイズ制御機構

着床時のマウス胚。核 (青), アクチン (橙), Ezrin (マゼンタ)

胚や器官の大きさは、形態形成や成長の過程で見られる必然的なばらつきにも関わらず、それぞれの種で厳密に制御されています。私たちが以前に報告した胚のサイズ制御機構 (Chan et al. 2019 Nature) は、組織の成長より内側の液腔の膨張が大幅に速い場合にのみ機能する可能性があり、これはまさに当研究でモデルとしていた着床前胚が当てはまります。 一方で、着床後の胚の成長が驚くべき正確性で制御される仕組みは依然として不明なままです。私たちは、最近開発した母体外での胚培養システム (Ichikawa, Zhang, Panavaite et al. 2022 Dev Cell) を用いて、細胞や組織の成長のダイナミクスに迫ります。組織や胚の大きさがどのように感知され、その情報がどのようにシステムにフィードバックされて細胞のダイナミクスを制御しているのかを解明していきます。