ニュース

イベントサムネイル
Research

卵母細胞の発生を規定因子で胎生期から成体まで再現

―マウス多能性幹細胞から卵巣を用いないで成体様の卵母細胞を誘導―

京都⼤学⾼等研究院 ヒト⽣物学⾼等研究拠点 (WPI-ASHBi) 斎藤通紀 拠点⻑/主任研究者(兼:同⼤学院医 学研究科教授)、同⼤学⾼等研究院 野阪善昭ASHBi特定研究員らの研究グループは、マウス多能性幹細胞から、始原⽣殖細胞 (Primordial Germ Cells, PGCs) 注1を経て、卵巣体細胞を用いず規定因子のみで、Germinal Vesicle(卵核胞:GV) 注2期卵母細胞を誘導する⽅法論の開発に成功しました。

本研究では、同グループが開発したマウスPGC様細胞 (PGC-like cells, PGCLCs) 注3を胎生期の初期の卵母細胞に分化させる方法注4をもとに、シグナル分子の添加タイミングを最適化することで、胎生期の発生過程を完了した卵母細胞を、卵巣体細胞を用いずに大量に誘導することに成功しました。さらに、複数のシグナル因子や化合物を組み合わせることで、さらに成長したGV期の卵母細胞を誘導することにも成功しました。本培養では、一回の実験で、第一減数分裂注5前期を含む胎生期の発生を完了した卵母細胞を10万細胞以上誘導することができます。また培養過程で見られる遺伝子発現やエピゲノム注6の変化は生体内の過程を再現していました。本研究成果は、マウス卵母細胞の発生機構を解明し、ヒトを含む哺乳類生殖細胞試験管内造成研究を推進する重要なマイルストーンであり、不妊症等の疾患機序解明および治療戦略開発への応用が期待されます。

本成果は、2025年6月30日に学術誌「Developmental Cell」にオンライン掲載されました。 

研究者のコメント

研究を楽しく健康に継続できたのは家族、ラボの方たちの協力のおかげです。あらためて感謝申し上げます。卵巣体細胞を使わずに卵母細胞の発生を再現するという挑戦的な研究が実を結びました。生命の源である卵母細胞の発生を、最小限の規定因子で再現できたことに大きな感動を覚えています。この成果が、生命の神秘のさらなる解明に貢献できることを心から願っています。(野阪善昭特定研究員)

                            

用語解説

  1. 原生殖細胞(PGC): 卵子や精子の元となる細胞。胚発生の初期に形成される。
  2. 卵核胞(GV, Germinal Vesicle): 成熟前の卵母細胞の大型の核で、明瞭な核小体様構造をもつ。減数分裂の第一分裂前期で停止している状態。
  3. PGC様細胞(PGC-like cells, PGCLCs):iPS細胞やES細胞などの多能性幹細胞を起点として、成⻑因 ⼦や⼩分⼦化合物を⽤いて培養ディッシュ上で誘導することができるPGCsによく似た性質を持つ細胞のこと(Cell, 2011)。
  4. ES 細胞からPGC様細胞を誘導、増殖させ、BMPとレチノイン酸を同時に培養3日から加え、 培養9日目に始原生殖細胞様細胞を初期卵母細胞に分化させる方法。
  5. 減数分裂:通常の細胞分裂(有糸分裂)では、父親由来・母親由来の1対(2n)の染色体が それぞれ複製され、1回の分裂でそれぞれが娘細胞に分配され、もとの細胞と同じ染色体構成 (2n)を獲得する。一方、精子や卵子が形成される際に起こる分裂では、複製された染色体が2 回の分裂で1本ずつ(1n)精子もしくは卵子に分配される。このような分裂を減数分裂と呼ぶ。
  6. エピゲノム:ゲノムの塩基配列に含まれない、遺伝⼦の制御に関する化学修飾の総体で、代表的なものとしてDNAメチル化やヒストンの翻訳語修飾が挙げられる。始原⽣殖細胞の発⽣過程では、エピゲノムリプログラミングと呼ばれる、ゲノム全域の DNA脱メチル化やヒストン修飾の⼤規模な再編成が起こる。

書誌情報

Nosaka, Y., Nagano, M., Yabuta, Y., Nakakita, B., Nagaoka, S. I., Okamoto, I., Sasada, H., Mizuta, K., Umemura, F., Kuma, H., Okochi, Y., Katou, Y., de Massy, B., Inoue, A., Horie, A., Mandai, M., Ohta, H., & Saitou, M. (2025). Generation of germinal-vesicle oocytes from mouse embryonic stem cells under an ovarian soma-free condition. Developmental Cell. https://doi.org/10.1016/j.devcel.2025.06.008