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Research

ノイズの海から真実の細胞の声をすくい上げる

細胞の世界は、驚くほどに騒がしい。
たった1つの細胞が語る遺伝子の声は、検出のばらつきやバッチ間のゆらぎにかき消され、まるで深い海のノイズに埋もれてしまう。研究者はこれまで、その海の底に沈んだ「本当の信号」を拾い上げるために、さまざまな計算手法を探ってきた。

京都大学高等研究院ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)井元佑介特定准教授は、この静かで果てしない挑戦に対し、高次元統計解析を応用した新たな答えを提示した。
彼が開発したiRECODEは、シングルセルRNAシーケンスや空間トランスクリプトーム、さらにはscHi-Cといった多様なデータに潜むノイズを、そっと取り除く。技術ノイズも、バッチのゆらぎも、同時に――。
まるで濁った海の水を透明に澄ませるように、iRECODEは細胞が本当に語る声を浮かび上がらせる。

この手法を用いることで、これまで埋もれていた希少な細胞集団や、老化過程や疾患の初期段階に現れるごくかすかな変化が、はっきりと見えてくる。
シングルセル解析は、いよいよ本当の意味で「1細胞が語る物語」を描き出そうとしている。

本成果は、2025年9月17日午前11時(米国東部時間、日本時間18日午前0時)に国際学術誌「Cell Reports Methods」にオンラインで掲載されました。

本研究概要図: シングルセルデータ解析では、データの計測時に発生する技術ノイズとバッチノイズと呼ばれる複数のノイズがデータ解析に悪影響を与え、細胞が持つ正しい情報を引き出せないことがあります。RECODE(iRECODE)は高次元統計解析理論に基づくノイズ削減手法で、様々なシングルセルデータに対して、これらのノイズを同時に削減することができます。RECODEは元のデータ構造を変えずにノイズのみを削減するので、ほぼすべての既存データ解析手法の結果を向上することが可能です。

用語解説

  1. 技術ノイズ:シングルセルデータの計測において、ライブラリ調整やシーケンシング時に本来存在するゲノム・エピゲノム分子の一部が計測されないこと(ドロップアウト)によって起こる真の情報と観測情報の誤差。
  2. バッチノイズ:培養環境や計測機器の違いによって起こる環境誤差。
  3. 高次元統計解析:シングルセルデータのような高次元データにおける統計的性質を数学的に解析する分野。
  4. RECODE:Resolution of the curse of dimensionality(次元の呪いの解決)。高次元統計解析を応用したシングルセルデータのノイズ削減手法。

研究者のコメント

シングルセルデータには、無数の細胞の“つぶやき”が記録されています。でも、ノイズにかき消されたその声を聞き取るのは、とても難しい。RECODEの進化版であるiRECODEは、その声を静かにすくい上げてくれる道具です。この手法によって、これまで見えなかった細胞たちの物語が、きっと次々と明らかになるでしょう。(井元佑介 特定准教授)

書誌情報

Imoto, Y. (2025). Comprehensive Noise Reduction in Single-Cell Data with the RECODE Platform. Cell Reports Methods.https://doi.org/10.1016/j.crmeth.2025.101178