2022.3.24
京都大学高等研究院ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)の井上詞貴 特定准教授は、カリフォルニア大学の研究グループとの共同研究で、神経分化に関与する数百の遺伝子制御モチーフの時間的活性変化を明らかにし、Nature Communicationsに報告しました。これは、遺伝子の複雑な働きを解明し、治療につながる手がかりを探求する上で非常に重要な成果です。
DNAには生命活動に必要なあらゆる情報が書きこまれています。その中の一つが生体内で働くタンパク質の設計図である遺伝子ですが、DNA上には、遺伝子の発現量を調節するエンハンサーと呼ばれる領域も存在します。受精卵が細胞分裂によって増えていき、それぞれの器官に応じた細胞に分化していく際には、エンハンサーが重要な働きをします。しかしながら、いつどこでどのエンハンサーがどのように働くのかという詳細なメカニズムは、ほとんど解明されていません。
研究グループは、エンハンサーに結合して活性を制御する転写因子の結合部の塩基配列(制御モチーフ)をわずかに改変したものを多数用い、エンハンサーの機能を大規模かつ並列的に定量解析する新しい技術「大規模並列レポーター摂動アッセイ法」で解析することで、遺伝子の活性化や不活性化にどのような制御モチーフが関わっているのかを系統的に調べる方法を開発しました。
この手法を用い、ヒトの胚性幹細胞注1が神経前駆細胞へ分化していく過程を調べた結果、遺伝子の転写調節に重要な役割を果たしている598個の制御モチーフを同定しました。これらのモチーフを、働き方によって分類し、詳しく調べたところ、制御モチーフが転写を促進するか抑制するかの違いは、ほとんどの場合その配列で決定されていることが分かりました。また、影響の大きさは細胞の環境に依存し、制御モチーフが働くタイミングによって決まることが明らかになりました。すなわち、遺伝子の発現は、制御モチーフの配列が互いに作用しあう複雑な構造によって制御されていることが示されました。
研究グループが確立した手法は、神経前駆細胞だけでなく、がん細胞を含む他の細胞の研究のための強力なツールとなります。細胞に固有の遺伝子制御の仕組みが明らかになれば、治療のターゲットとなる新たな配列の発見につながります。
注1 胚性幹細胞:受精卵から細胞が増えていき胎盤胞と呼ばれる初期の段階の細胞塊から作られた培養細胞。どの組織にも分化できる多能性をもつ。ES細胞とも呼ばれる。
タイトル | Massively parallel reporter perturbation assays uncover temporal regulatory architecture during neural differentiation (大規模並列レポーター摂動アッセイ法により、神経分化の遺伝子制御構造を解明) |
著者 | Anat Kreimer, Tal Ashuach, Fumitaka Inoue, Alex Khodaverdian, Chengyu Deng, Nir Yosef & Nadav Ahituv |
掲載誌 | Nature Communications |
DOI | https://doi.org/10.1038/s41467-022-28659-0 |
公開日 | 2022年3月21日 |