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価値と運動を表す脳の化学信号を線条体で発見

2020.9.28

価値と運動を表す脳の化学信号を線条体で発見

新手法で迫る電気と化学の相互作用

図1

図. FSCV法と神経活動記録法による電気・化学信号の同時記録。報酬期待に関わる尾状核では報酬が大きいときにドーパミン濃度が増加しベータ波が抑制された。運動の準備に関わる被殻では、対側への運動の時に同様の逆相関がみられた。

概要

脳は、電気と化学の2つのシグナルで動いています。マサチューセッツ工科大学 Helen Schwerdt博士、Ann Graybiel 教授、京都大学 白眉センター・霊長類研究所 雨森賢一 特定准教授(研究当時、現:高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(ASHBi)特定准教授)、雨森智子 研究員らの研究グループは、神経振動を表す脳の電気信号とドーパミン濃度を表す化学信号を同時に計測する技術を開発しました。

脳のドーパミン低下は、運動や気分の障害を伴うパーキンソン病を引き起こすことが知られています。パーキンソン病では、大脳基底核の線条体においてベータ波と呼ばれる神経振動の亢進が見られることから、これまでは、ベータ波はドーパミンと逆相関する、と単純に捉えられてきました。本研究では、行動課題遂行中のマカクザルのベータ波とドーパミン信号を同時に記録し、ベータ波とドーパミンの逆相関が、尾状核では期待報酬などの価値に依存して現れ、被殻では運動に依存して現れることを明らかにしました。つまり、ベータ波とドーパミンの逆相関は一様なものではなく、神経核の機能と関連して現れることが分かりました。この新しい知見は、パーキンソン病の診断と治療のための新しい指針となるものと期待されます。

本成果は、2020年9月26日に米国の国際学術誌「Science Advances」にオンライン掲載されました。

1.背景

大脳基底核の入力核である線条体は、随意的な行動の発現に関わる重要な神経核です。また、ドーパミン受容体が広く分布し、ドーパミン濃度による影響を受けることも知られています。脳のドーパミン低下は、運動や気分の障害を伴うパーキンソン病を引き起こします。このパーキンソン病では、動作のこわばりや震えが生じ、また、大脳基底核の様々な核でベータ波を中心とする異常な神経振動が記録されます。例えば、深部脳刺激術(DBS)の治療のために、大脳基底核に電極を刺入するときには、特に異常なベータ波が計測されることが知られています。このことから、ベータ波振動は、パーキンソン病の根本的なバイオマーカーであると考えられています。このようにパーキンソン病の病態は、ドーパミン濃度の低下とベータ波振動の亢進を伴い、これまでは、ドーパミン濃度とベータ波の神経振動は、一般的に逆相関するのではないか、と推測されてきました。

近年、線条体のベータ波の神経振動が、健常な脳でも課題に応じて変化することが明らかになってきました。しかしながら、ドーパミン濃度の線条体での実時間計測が技術的に難しいことから、ベータ波の神経振動とドーパミン濃度が、健常な線条体でどのような関係にあるのかは、全くわかっていませんでした。そこで本研究は、マカクザルに眼球運動によって報酬を獲得する課題をトレーニングし、課題遂行中のマカクザル線条体から、ベータ波振動とドーパミン濃度を同時記録することを試み、電気信号(ベータ波振動)と化学信号(ドーパミン濃度)の関係性を明らかにする実験を行いました。

2.研究手法・成果

本研究では、In vivo fast-scan cyclic voltammetry (FSCV) 法と呼ばれる電気化学の手法を用いました。この手法は、測定する線条体に微小の電位変化を引き起こし、それに応答して変化する電流を測定することで、ドーパミンなどの神経修飾物質の濃度変化を実時間で記録する手法です。本研究では、電気生理学的手法による神経活動記録を同時に行うことで、ベータ波振動に代表されるような神経活動の変化と、ドーパミン濃度の変化を同時に記録することができました。我々はこのシステムを、報酬獲得のための行動課題遂行中のマカクザルの尾状核、被殻からなる線条体から多チャンネルで計測し、電気的な神経活動信号と、化学的なドーパミン信号の関係性を明らかにすることを目的としました。

まず、ドーパミン信号の課題での変化を調べたところ、ドーパミン信号は、尾状核では価値に応じて増加し、被殻では体側への運動に応じて増加することが分かりました。神経核ごとに、ドーパミン増加の条件が違い、ドーパミンが報酬シグナルとして、脳に均一に作用するという従来の見解を否定する結果となりました。また、ドーパミン信号が、報酬の履歴によって変化し、長期的な情報を持つ一方、ベータ波振動は報酬の履歴の影響を受けない短期的な信号であるということも明らかにしました。

次に、我々は、ドーパミンとベータの逆相関の関係も、神経核ごとに別々の条件で発生することを明らかにしました。報酬期待に関わる尾状核では、報酬が大きいときにドーパミン濃度が増加し、同時にベータ波が抑制され、2つの信号は逆相関を示しました。一方、運動の準備に関わる被殻では、対側への運動の時に、ドーパミン濃度が増加し、同時にベータ波の抑制が起こり、2つの信号が逆相関を示しました。このように、新しい方法によって、ドーパミン増加とベータ波振動の低下が引き起こされる条件が、神経核ごとに違い、一般的なものでないことを発見しました。

3.波及効果、今後の予定

課題遂行中の霊長類において、こうした電気信号と化学信号の同時測定は、世界で初めて行われたものです。これにより、様々な新しい関係性が発見されました。パーキンソン病ではドーパミン低下とベータ波振動の亢進が見られ、これまでドーパミン濃度とベータ波振動は逆相関するものだととらえられてきました。しかし、我々の詳細な記録から、この逆相関は、健常な脳では必ずしも一般的な規則ではない、ということが分かりました。これらの新しい知見は、パーキンソン病や関連する神経変性疾患の診断と治療のための臨床研究にも影響を与える可能性があります。この結果は、線条体ドーパミン、ベータ波振動、そして行動の3つを同時に計測した最初のものであり、これまでのドーパミン機能に関する仮説は、より慎重な再検討が必要かもしれません。

4.研究プロジェクトについて

米国National Institute of Biomedical Imaging and Bioengineering (R01 EB016101), the National Institute of Neurological Disorders and Stroke (R01 NS025529, F32 NS093897 and K99 NS107639), the Army Research Office (W911NF-16-1-0474), the Saks Kavanaugh Foundation, the National Science Foundation (EEC-1028725) などの資金を受けて遂行されました。

研究者のコメント

実時間ドーパミン信号と神経振動の記録を同時に多チャンネルで、行動課題遂行中のマカクザルの線条体から記録するという難しい実験でした。その甲斐があって、非常に多様で、重要な知見を得ることができました。これまで、神経振動とドーパミンは単純な逆相関があるのではないかと想定されてきましたが、時間解像度の高い本研究によって、初めて、領野と機能に応じて相互作用が変化することが明らかになりました。

論文タイトルと著者

  • タイトル
    Dopamine and beta-band oscillations differentially link to striatal value and motor control (ドーパミンとベータ波振動は線条体の価値と運動に依存した相関を示す)
  • 著者
    H. N. Schwerdt, K. Amemori, D. J. Gibson, L. L. Stanwicks, T. Yoshida, N. P. Bichot, S. Amemori, R. Desimone, R. Langer, M. J. Cima, A. M. Graybiel
  • 掲載誌
    SCIENCE ADVANCES (2020) 6 : eabb9226
  • DOI
    https://doi.org/10.1126/sciadv.abb9226