Kyoto University Institute for the
Advanced Study of Human Biology

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2020.8.18

霊長類において動機付け行動に関わる投射経路の機能を解明

「我慢して多くの報酬を得る」ための回路を同定

京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(ASHBi) 伊佐正 教授らは、ベルギー・ルーバンカトリック大学 Wim Vanduffel 教授のグループ、および生理学研究所ウィルスベクター開発室 小林憲太 准教授と共同で、霊長類の腹側被蓋野(VTA)から側坐核(NAc)への投射経路は動機付けに基づく意思決定には関与するものの、強化学習には必ずしも重要ではないことを明らかにしました。

VTAは辺縁系や大脳皮質へドーパミンを供給する脳部位として知られ、特にNAcへの投射経路は、動機付け行動や薬物依存などに関与する経路として注目されています。しかし、これまでは霊長類が経験に基づいて多様な選択肢から行動を決定していく過程で、この経路がどのように機能しているかは不明でした。

本研究では、2種類のウィルスベクターを組み合わせて特定の経路を一時的に遮断する方法を用いて、アカゲザルにおいてVTAからNAcへの経路を一時的に遮断し、その影響を調べました。その結果、(1)前頭葉と側頭葉を中心とする広汎な脳領域間の結合性が増強すること、(2)動機付け行動選択課題において「より我慢強く待ってより多くの報酬がもらうことを好む」行動特性が、「より短い待ち時間で少ない報酬を得る」ような傾向に変化すること、(3)その一方で、報酬がより高い確率で得られるゴールを選択するという強化学習課題における学習速度には変化が見られないことが明らかになりました。この結果は、VTAからNAcに至る経路が「努力によって多くの報酬を得る動機付け行動」に重要であるということを霊長類で明確に示した点で画期的です。また、この経路が霊長類において強化学習には重要ではないことを示したことは、従来のげっ歯類での研究を覆す結果です。

本研究成果は、2020年8月5日に国際学術誌「NEURON」のオンライン版に掲載されました。

1.背景

腹側被蓋野(VTA)は辺縁系や大脳皮質へドーパミンを供給する脳部位として知られています。特に、側坐核(NAc)への投射経路は、動機付け行動や薬物依存などに関与する経路として注目されています。また、ドーパミン細胞の一過性の発火活動は、予測通りに報酬をもらえたか、もらえなかったかという「報酬予測誤差」の情報を有し、これが報酬を獲得できた行為をより強化する「強化学習」の成立に重要な教師信号になっているとされています。しかし、このような、VTAからNAcに至る経路が動機付け行動や強化学習に関与するという知見の多くは齧歯類において比較的単純な行動課題を用いて明らかにされたもので、霊長類が経験に基づいて多様な選択肢から行動を決定していく過程でどのように機能しているかはよくわかっていませんでした。

2.研究手法・成果

今回、伊佐正教授ら(現京都大学、元生理学研究所)は、ベルギーのルーバンカトリック大学のWim Vanduffel教授のグループ、そして生理学研究所ウィルスベクター開発室の小林憲太准教授と共同研究を行い、自らが開発した2種類のウィルスベクターを組み合わせて特定の経路を一時的に遮断する方法を用いて、アカゲザルにおいてVTAからNAcへの経路を一時的に遮断し、その影響を調べました(図1)。

その結果として、

  • 1) VTAをseed(神経活動の追跡開始点)とする覚醒下の安静時MRI計測により、前頭葉と側頭葉を中心とする広汎な脳領域間の結合性が増強する(図2)
  • 2) 動機付け行動選択課題において「より我慢強く待ってより多くの報酬がもらうことを好む」行動特性が、「より短い待ち時間で少ない報酬を得る」ような傾向に変化する(図3)
  • 3) 一方で、報酬がより高い確率で得られるゴールを選択するという強化学習課題における学習速度には変化が見られない
ということが明らかになりました。

これらの結果のうち、(1)については、興奮性と考えられているVTAからNAcという一つの経路を遮断することで、脳の広汎なネットワークに影響が出ること、そしてそれが予想に反して結合性を高める方向への変化を促したという点が極めて新しい知見です。一方で、ドーパミンが欠乏することで生じるパーキンソン病では脳の結合性が高まることが報告されており、それとは合致する結果とも言えます。

(2)はVTAからNAcに至る経路が「努力によって多くの報酬を得る動機付け行動」に重要であるということを明確に示した点で画期的です。

(3)は、この経路の強化学習への関与を完全に否定するものではありませんが、これまでのげっ歯類での研究を覆す結果です。霊長類が経験から確率的に判断して行動選択を行う場合には前頭葉も含めた別の経路がより重要なのかもしれません。

3.波及効果、今後の予定

今回の研究成果は最新の神経回路操作技術(伊佐らが開発)と覚醒下の霊長類を対象とする高精度MRI計測技術(Vanduffel教授が開発)に、高度な認知行動課題を組み合わせることで、霊長類脳科学の新しい方向性を示すことに成功した画期的な脳科学研究であると言えます。

4.研究プロジェクトについて

本研究は日本医療研究開発機構・戦略的国際脳プロジェクト、環境適応脳プロジェクトならびに科学技術振興機構・戦略的創造研究推進事業、科学研究費国際共同研究強化(B)及び学術振興会二国間交流事業の支援を得て行われました。

研究者のコメント

近年の神経科学では特定経路を操作して機能を実証する手法が齧歯類等のモデル動物で発展しましたが、大きな脳を持ち、遺伝子改変動物の作製が困難な霊長類への適応が遅れており、高次脳機能研究の阻害要因となっていました。私どもの研究室では2種類のウィルスベクターを組み合わせる経路選択的操作法を開発し、これまで運動・感覚系の操作には成功していましたが、今回初めて意思決定という高次脳機能の操作に成功しました。(伊佐正)

論文タイトルと著者

  • タイトル
    Selective mesoaccumbal pathway inactivation affects motivation but not reinforcement-based learning in macaques.(腹側被蓋野から側坐核への投射経路の選択的遮断は霊長類においては動機付けを阻害するが強化学習には影響を与えない)
  • 著者
    Vancraeyenest P, Arsenault JT, Li X, Zhu Q, Kobayashi K, Isa K, Isa T, Vanduffel W
  • 掲載誌
    NEURON
  • DOI
    https://doi.org/10.1016/j.neuron.2020.07.013