Kyoto University Institute for the
Advanced Study of Human Biology

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2020.7.27

試験管内で培養されるヒト多能性幹細胞由来の胚様構造体を用いた研究の倫理的課題について

澤井努特定助教(京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点、京都大学CiRA上廣倫理研究部門・特定助教兼務)、皆川朋皓研究員(京都大学CiRA増殖分化機構研究部門)らは、試験管内で培養されるヒト多能性幹細胞由来の胚様構造体(注1)を用いた研究の現状と展望を基に、将来、通常の胚(注2)に似た胚様構造体が作製される可能性を指摘するとともに、胚様構造体が孕む倫理的課題に対応しながらどのように研究を進めていくのがよいのかを示唆しました。

本研究成果は、2020年7月28日、米国科学誌EMBO reports誌でオンライン公開されました。

近年、ヒト胚を体外で培養する技術や、ヒト多能性幹細胞を用いて胚の発生過程を模倣する技術が飛躍的に進展しています。前者に関しては、現在、ヒト胚を用いた研究を倫理的に進めるうえで各国が遵守している国際的な規則、「14日ルール」(注3)があり、研究者はヒト胚の体外培養を精子・卵子の受精後13日で意図的に中止しています。ただ、2019年には人に近いサルの胚を受精後20日まで培養したと報告されており、人でも受精後14日を越えて胚を培養することが技術的に可能です。後者に関しては、現在、複数の研究グループが、試験管内で初期発生を模倣することで、人や人以外の幹細胞(ES細胞やTS細胞、XEN細胞など(注4)から多様な胚様構造体を二次元、または三次元で作製することに成功しています(「表 胚様構造体の種類」)。中には、人の発生における受精後14日(原始線条(注5)が形成される時期)、また受精後14日を越えた段階の胚に似たものも作製されています。これらの研究が進展すれば、これまで十分に明らかになってこなかった胚の発生メカニズムを理解したり、将来的には不妊症の解明や臓器移植などの臨床目的で利用したりできるとして期待されています。

表 胚様構造体の種類

現時点では培養条件によって胚の発生が途中で止まる、また形態や構造の観点から、胚様構造体が通常の胚と比べて不完全であるという課題を抱えています。しかし今後、技術がさらに進展すれば、胚を体外で長期間培養したり、通常の胚に似た胚様構造体を培養したりできると予想されます。かつてES細胞研究においては、人へと成長する潜在性を持つ胚を破壊して、ES細胞を作製することの倫理的是非が争点になりました。そのため、もし胚様構造体が人へと成長する潜在性を獲得する可能性がある場合、胚様構造体を作製してよいのか、また胚様構造体の種類に応じて、どの段階までであれば発生を進めてよいかという問題が生じます。特に、14日ルールを胚様構造体の研究にどのように適用すればよいかという問題は極めて緊急性の高い課題です。

そこで本稿では、人へと成長する「潜在性」の考え方に着目することで、どのような種類の胚様構造体を倫理的に配慮し、14日ルールを適用すべきなのかを考察しました。胚は一般的に、受精してから発生を進める過程で、胎児、人へと成長する部分と、胎盤になる部分に分かれます。現在の技術レベルでは難しいですが、(それを可能にする)技術と(それをしたいという)意図さえあれば、将来的に胎児、人へと成長する部分を適切な環境下で発生させることが可能になります。その意味で、胚様構造体を用いた研究をどの程度認めてよいかは、胎児、人へと成長する部分を含むかどうかに依存すると言えます。この理解を前提に、現在、14日ルールの下、通常の胚を原始線条の形成以降、発生させてはならないように、胚様構造体も胎児、人へと成長する部分を含む場合には、原始線条の形成以降、発生させるべきではないと論じました。一方、胚様構造体でも胎児、人へと成長する部分を含まない場合、体細胞を用いた研究などと同じように行ってもよいと指摘しました。

近年は、ヒト胚を体外で培養する技術が向上していることもあり、14日ルールの妥当性を問い直す動きも見られます。本稿では扱いませんでしたが、この課題については、生命倫理学者や科学者だけでなく、広く社会で検討していく必要があると考えています。

論文名と著者

  • 論文名
    The moral status of human embryo‐like structures: Potentiality matters?
  • ジャーナル名
    EMBO reports
  • 著者
    Tsutomu Sawai1,2*, Tomohiro Minakawa3, Jonathan Pugh4, Kyoko Akatsuka2, Jun K Yamashita3 and Misao Fujita1,2(*=責任著者)
  • 著者の所属機関
    1. 京都大学高等研究院ヒト生物学高等研究拠点(ASHBi)生命倫理・哲学グループ
    2. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)上廣倫理研究部門
    3. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)増殖分化機構研究部門
    4. オックスフォード大学ウエヒロ応用倫理研究センター
  • DOI
    https://doi.org/10.15252/embr.202050984

本研究への支援

本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。
  • 日本学術振興会 (JSPS)・文部科学省 科学研究費基金 若手研究(B)(17K13843)
  • 公益財団法人 京都大学教育研究振興財団
  • 公益財団法人 上廣倫理財団

用語説明

注1)胚様構造体: 多能性幹細胞から分化誘導されたもので、初期発生における胚の全体、または一部を模倣した実験系のこと。

注2)胚: 人または動物の胎内にあれば、一つの個体に成長する可能性のあるもの。

注3)14日ルール: 14日ルールとは、受精後14日、または原始線条の形成以降、ヒト胚を発生させることを禁じるルールのこと。1985年、イギリスにおいて哲学者メアリ・ウォーノックを委員長とする諮問委員会がまとめた「人の受精と発生に関する委員会の報告書」に由来する。受精後14日未満の胚は、人への発生過程にはあるものの、一卵性双生児になる可能性を有する、または臓器分化が始まるという科学的知見を根拠に、この時点では一つの個体としての「人格性」「個別性」を持たないという見解がある。

注4)ES細胞、TS細胞、XEN細胞: 発生の初期にできる胚盤胞からは、3種類の幹細胞が作られており、それぞれES細胞(embryonic stem cells)、TS細胞(trophoblast stem cells)およびXEN細胞(extra-embryonic endoderm cells)と呼ばれている。

注5)原始線条: 原始線条とは、胚の発生初期において臓器分化を開始する直前に形成される線条のこと。

(引用元:CiRA